☆1月の例会

今回の参加者は6名(男性1名、女性5名)でした。

今日は例会の前に,総会を行いました。10数人の小さいグループで,大層かもしれませんが,結局これが一番シンプルで問題が生じない方法であるという結論に達したからです。
役員体制のこと,昨年の活動報告,今年の予定,会計報告や予算など。約1時間で終わりました。

で,後,何しよう? 前日の「ケース・セミナー」に参加した仲間が4人いましたので,そのシェアリングをしましょう,ということになり,私が提供した事例の話をしました。

私は,福祉事務所で,障害者福祉担当のケースワーカーをしています。知的障害でてんかんがある48歳の男性。年に1〜2回位,ご自分でできそうなことを,私にしてほしいと言って来られて,自分でやって下さい,と話をするのですが,納得してもらえていない感じがするし,勇気づけにもなっていないという気がするので,どうしたらいいのか,と思っていました。

野田先生に,例えばどんなこと? と聞かれて,最近のエピソードを話しました。
昨年12月初め頃。彼は,知的障害者の施設2箇所に通っており,1箇所の作業工賃明細を持ってきました。その施設では,その月から,規則が変わって,通所日数が一定の水準に満たない場合,工賃を減らすことになったという説明を受けたとのことで,明細に「減算○○円」という表示がありました。 彼は,減らされるのは仕方がないのだろうと思うが,「減算」と書いてあるのがイヤなので,この表示をやめてもらいたい。そのことを,私から施設の職員に言ってほしい,と言うのです。
私「私は,お話ができない人だったら,代わりに言ってあげるけど,あなたはご自分でお話しできるのだから,自分で言ってみたら?」
彼「その場に行ったら,緊張して,話ができなかったりするんです。」
私「じゃあ,お手紙を書いたらどうかしら。お手伝いするから,一緒に書きましょうか」
彼は,激しく抵抗して,「ストレスが増えると,薬を余分に飲まなければならなくなるんだ」と言いながら,かばんから薬を取り出すふりをしました(実際には取り出さなかった)。雑誌のコピーを出してきて(健康雑誌か何かで,病名と,対処法の表のようだった。よく覚えていないが,ADHDとかうつ病とか,羅列してあった),「ストレスを避ける」と書いてある一行を指さしました。
私「この診断名,あなたのと違うじゃない」
彼(精神障害者保健福祉手帳を取り出し)「そしたら,この手帳も,要らないということか」
私は困って,「その手帳のことは私にはわからないから,保健センターに一緒に聞きに行こうか」
保健センターの優しい係長さんが話を聞いて下さり,彼はちょっと落ち着いて,「さっき福祉事務所で聞いた話は,発達年齢15歳の人に言っているようだった」(彼は,昨年10月療育手帳〜知的障害者の方にお渡ししている手帳〜の再判定を受け,その結果を文書でほしいと求め,「発達年齢6歳6ヶ月」と書かれた紙を持ち歩いている)私に電話させることは諦めて帰りました。その後,別の要件で時々来られますが,工賃明細の話題は出ません。

野田先生は,まず,「器官劣等性の程度を正確に見積もること」をお話しされました。
それから,器官劣等性の補償の仕方について,@劣等性そのものを鍛えて優越性にするA別の面で補償するB人の援助を受けることにする という3つの対処法があり,彼の場合,劣等性プラス,自分で補償しなかったことで,二重に勇気をくじかれ,無能力を誇示している。「あなたできるでしょ」と言われるのが一番ムカつくのだ,と言われました。
「彼は,『自分は支援を受ける権利がある』と思っているでしょ。」
その通り。
「障害者なのに,仕事をしている。そのお金を減らすとは何事か,というのが彼のプライベート・ロジックなんですよ。勤勉であるべきだというコモンセンスを持ってくると,援助者でなくなる。コモンセンスと違うやり方で適応している人には,共同体感覚の方で対応しなければいけません。」
では,頼まれたら,何でもやってあげないといけないのか?
「『減算』に傷ついていることをよく聞いてあげて,『今の話,よくわかったよ。そうやって話したら,わかってもらえるんじゃない?』と言ったらどうでしょう」
なるほど。

グループでこの話をしたら,「彼を理解しながら聴いたら,(私の)声とか,話し方とか,変わってくると思う」と言ってくれた仲間がいました。確かに,説明しながら,自分の声の調子が変わっていたのを自覚しました。彼に話した時,私の口調から,責めるような感じだけが伝わり,内容は耳に入らなかったかもしれません。「援助職がつい陥りそうな落とし穴に気付いた」と言われた方もありました。
セミナーでの学びが,仲間とのシェアリングを通じて,一層深まったと思います。


☆2月の例会

 今回の参加者は6名(男性2名、女性4名)でした。
 最初、講演会等の打ち合わせをし、次に1月のケースセミナーに出した私の症例のその後を聞いていただきました。そちらは臨床フォーラムに書きましたので、御参照ください。
 その後我が家でのことを聞いていただき、メンバーの方々から、たくさんの気づきをいただきました。
 私の家には小学6年生の妹がいるのですが、1年生のころから、登校しぶりがあり、昼から行くとか、休むとかしています。妻がいつも対応してくれていたのですが、私はそういう妻に対して、「それは彼女の課題だから、そんなにあなたがかかわらないほうがいいのでは」という文章を頭に常において、かかわっていました。そんな妻が私に「今日も行かなかったのよ、私のほうがしんどいは」とよく言うのですが、いつも私は「それは彼女の課題、あなたがかかわるからいけないんだよ」という文章を頭においていました。
 そんなんですから、妻はあまり私にこの話題を出さなくなっていました。ですが、最近また、出てきました。そんな時に、この例会で相談させていただいていたのですが、以前から「奥さんにどんなことを言えば、気持ちが楽になるか聞いてみたら」と言われていたのですが、なかなか私は実行しようとはしませんでした。昨年の11月の例会で、メンバーさんとロールプレーをして、実際にどういうかを2,3回練習しました。それを実践しました。相談をはじめて、1年ほどがすぎた、昨年の11月のことです。

妻「今日もあの子、学校いってないのよ。私も仕事があるのに、、、。行ったら行ったで、1日楽しくすごしてきて、帰ってからも友達と遊んでるのに、、、ほんまに、、、」
私「僕ってこんなんやから、こういう時どういったら、君が楽になるのかわからへんねやんか、どういったらいい、どういってほしい?」
妻「もう、寺にあずけよか、」
私「え?」
妻「行ったら楽しく過ごすんやから、朝に『行けって』ゆうてよ」
私「えーそれはいえへんな。行く気のない子に『行け』っていうほど暇じゃないねん」

とこういう会話をしました。「寺にあずけよか」にはびっくりしました。その後も寺はどこがいいかな、寺の修行ね、といった会話をして、その場はその場でおわりました。

2013年になって、2月の最近のことです。妻は今の妹の担任の対応に、不満でした。一回電話しようといっていました。娘が学校へ行かないと、昼ごろに電話が来るそうです。娘はもう少ししたら、行くというそうです。ですが、いけません。そういう時に、明日の案内を知らせてこないというのです。普通風邪などで休んだら、近くの友達とかに明日の案内をもたせるそうなのですが、約束したのに、行かなかった日には何の連絡もなかったといいます。そして、今日もそうでした。それに、担任から、「どうしましょ、もう中学なのにね。どうしましょう」とよく言われるそうで、「『どうしましょ』ってこっちのセリフやわ」と妻はお怒りのご様子でした。夕方の7時ごろでした。私は娘に聞きました。

私「あなたが、明日の案内を友達にもってきてもらったほうがいいのかな」
娘「どっちでもいい、どうせ、夕方塾であうし」
私「そうか、それなら、学校の先生に電話とかしなくてもいいね」

と娘との話はおわりました。
しばらくして、妻が「やっぱり電話する、おかしいは」といい、電話しようとしました。娘は近くにいて、小さい声で「もういいやん」と言っていました。

私「それなら、僕が電話するわ」
妻「わたしがするって、」
私「でも、あなたは、担任にいやな思いをもっているから、僕が話したほうがいいやろ」
妻「そしたら、あなたがしてくれる」

そうして、私が電話をしました。いろいろ話しましたが、途中から、近くにいる娘が泣いていました。私はてっきり「お父さんが、いろいろと私のために、言ってくれてる」と喜んでないているのかとおもっていたのです。

電話を切って
私「どうしたん、なんで泣いてるの」
娘「電話してほしくなかった」
私「ええ、、、ほんだら、もっとやめてて言ったらよかったのに」

私はひたすら謝りました。でも不思議なんですが、その後、いつもより、娘は私と一緒にいようとしてくれました。

娘「パパ、今日はこのパズルやっててん、これ難しいで、一緒にやろ」
私「いいよ、ほーこれおもしろいな、、、、」
とこんなことをやっていました。

その後、どういうわけか、今まで、娘が学校へ行ったかどうかは妻の機嫌でわかってたのが、最近、妻をみてもさっぱりわからなくなりました。そして、今までほとんど気にしていなかったのに、娘が今日行ったかどうかが私のほうが気になって仕方なくなりました。

、、、という長い話をきいていただき、いったい何が起こったのでしょうと尋ねると、メンバーの方々から、以下のようなたくさんの気づきをいただきました。

1)「行く気のない子に『行け』っていうほど暇じゃないねん」というパパと、電話で私のために、いろいろ話してくれているパパと、どっちが、娘さんは仲間だと思うかな。

2)電話するのと、電話しないのと、どっちが娘さんは自分には能力があると思えるかな

3)「寺に入れよか」という話は、実際にそうしようということではなく、そういう感じで、 奥さんは、話を聞いてほしかったんじゃないの

4)なんか、今日はあまり、人を裁かなくなったね、

 と、たくさん勇気つけをいただきました。野田先生の補正項にある、「クライエントの中にあるライフスタイルを、自己執着的なものから、共同体感覚的なものへと変えることが、治療の本質だと考えている」という文章の意味がスッと入る一瞬でした。メンバーのみなさんありがとうございました。


 ☆3月の例会

参加者は、4名(男性1名、女性3名)でした。

今回は、先日神戸で行われた特殊講義と演習『カウンセリング』の テキストを持ち寄り、みんなで復習をしました。
まずそれぞれの感想などを話していたところ、一人のメンバー から、「ゲッシングが難しかった」という感想が出てきました。
そこで、みんなで練習してみようということになり、学生時代の得意教科 や不得意教科、部活動などを尋ねては、思い浮かんだことを口々に 言ってみました。

普段から親しくしているメンバー同士ですので、「○○が得意って、 ☆☆さんらしいよね」という納得感が先に立つことが多かったように 思います。そういう意味では、純粋なゲッシングの練習にはなって いなかったかもしれません。
しかし、どういう点で納得したのかを突き詰めていけば、普段漠然と 感じているその人の人物像が、言葉によって形づくられていくような 気がしました。ですから、ゲッシングに必要な人間知を深める練習に はなったのではないかと思います。

後半は、神戸の演習の時に、私がうまくできなかったことをきいて もらいました。私は、クライエントさんの「仮想的目標」をうまく見つけら れなかったのです。
そんなわけで、その時のクライエントさんと私のやり取りをきいてもらい、 どのようにしたらよかったかを、他の3人からアドバイスしてもらいました。

反省点はいくつかありましたが、一番は、エピソードから取り出した 「ライフタスク」を、クライエントさんがどういう点でライフタスクだと感じた のか、それを言葉にしてもらえるような質問が組み立てられていなかった ことが大きな反省点だと思いました。
ですから当然、「仮想的目標」の見当もつけられず、認識反射も出ない ようなものをそれに据えるような顛末になっていたのでしょう。

それから、私はクライエントさんの相手役や第三者の方に意識が向かって しまうことがあるのですが、この時もまたそうなっていたことがわかりました。
目の前のクライエントさんを援助する(勇気づける)という絶対的な使命が、 この時ぐらついていたのではないかと思います。

いろいろと話をきいてもらい、また助言も受け、失敗からたくさんのことを 学ばせてもらいました。
自分で復習して気づいていた点もあれば、人から指摘されて初めて 気づいた点もありました。やはり仲間との復習は大切だと感じました。

次回も、引き続き『カウンセリング』の復習をする予定です。
参加していなかった方も一緒に勉強できるように工夫して、みんなで いろんなことをシェアしていけたらいいなと思っています。


☆4月の例会

参加者は、5名(男性1名、女性4名)でした。

今日は久しぶりに例会に参加しました。
そこで,最近はどう?と聞かれました。(今までいろいろと家族の相談をしていたので・・)
最近困ったことで,夫との会話を話すと,そのことについて考えてみようということになりました。
我が家には子どもが3人いて,4月から2人は社会人になり下の子は大学生です。上の息子は今はもう辞めてしまったのですが,大学を行っているふりをして行っていなくて4年間学費を払っていたということがあり,夫はそのことをずっと許さずにきています。 それなのに,夫と息子は顔を合わすと「仕事どうや?」「まあまあ」など当たり障りのない会話をしているのを見ていたので,お互いに本音を話していないことに「こんなんでいいのかな」と思っていました。
そんなある朝のこと
夫「おれはまだあいつのこと許してへん」
私「本人にそう言ったらいいやん」
夫「もう今更言わへんわ」
私「ふーん」という会話でした。
その時の私の体のかんじはどうだったのか?どのような陰性感情はどのようなものか?を丁寧に聞いてくださいました。私は悲しいとか責められているという陰性感情だとおもっていましたが,心の底には怒りの感情があるのではないかということがわかりました。 そしてキラキラのイメージは,私は夫が息子のことを許してくれたらいいと思っていたのですが,メンバーの方には,夫に謝ってほしい,自分のことを認めてほしいのでは・・と言われました。心が温かくなるのを感じました。そういうことだったのかと納得しました。 今のままでは競合的で協力的になるのにはどのようにすればいいのか・・
夫は謝ってくれないのならどうすれば協力的な関係になれるのか・・理解はできましたが上手く言葉が出てこなかったので,またいろいろな言葉を皆さんが言ってくださり
夫「おれはまだあいつのこと許してへん」とまた言われたら
私「そう,私はあなたと息子と仲よくしてほしいと思ってるんだけど」
と言います。というと私が自分で言葉を考えられたことをメンバーの方は,よかったと言ってくださいました。
とても勇気づけられました。魔法のようにも思えました。やっぱりアドラーってすごいと思いました。

人との会話で陰性感情に陥った時,キラキラのイメージはできるのですが,その後どのように考えていけばよいかということも学ぶことができました。

☆6月の例会

例会に参加しました。京都での親子カウンセリングに参加し、助け合う家族を目指しています。なかなか道は険しい。メンバーさんにたくさん話を聞いていただき、たくさんの勇気づけをしてもらいました。いつもいつもありがとうございます。中一の娘が不登校なのですが、朝は起こしてほしいというので、私が起こしています、ですけど、起こした後もまた寝ているのか、布団から起きてくるのは数時間後です。そのことをメンバーの方がとりあげて、「それは、起こしてもらっているのに、責任を果たしていないんじゃない」と指摘され、そのことについて話し合ってみたらと提案してもらいました。この話題なら、妻と私が同じ方向で話ができると思ってさっそくやってみました。

例会後お昼御飯をたべて、
私「Aちゃん、朝昨日は何時に起きたの?」
A「10時前かな」
私「パパが頼まれて起こしている時間は7時20分だけど、それで10時に起きるんだったら、起こす意味あるの?」
A「、、、」
私「せっかく起こしてるんだから、もう少し早く起きたら、その方が体にもいいと思うけど」
A「うん」
私「パパもママも、朝仕事に行く時に、Aちゃんから『行ってらっしゃい』と言ってもらえたら、とても元気に1日働けるような気がするな。ママもそうでしょ」
ママ「うん、そうね
」 私「パパは7時半には出ちゃうから無理でも、ママが行くのは9時ごろなんだから、それまでには起きて、『行ってらっしゃい』と言ってあげてほしいな。できる?」
A「うん」

こんな会話をしました。ずっと和やかな雰囲気で、Aちゃんもニコニコしていました。

さてさて、月曜日の朝です。
朝起きて、妻との会話です。

妻「Aちゃん、もうすぐ試験だけど、全然わかってないのよ」
私「そら行ってないんやから仕方ないやん」
妻「ちがうんねんて、そうやのに、あの子は『私はできる』って思ってたみたいで、実はそうではないというのが昨日ぐらいからわかってきて、『試験受けへん』とか言うんよ
私「自分を冷静にみれてきたんやん、よかったやん」
妻「あかんは、もう3年間、行きはらへんわ」
私「待ったらな仕方ないやん」
妻「、、どうせ行かへんし」
私「Aちゃんが『かわいいな』って思えるまで、ちょっと離れたら」
妻「別居しかないな、お姉ちゃんも『Aをみてたらイライラする』って言ってたし、二人で家出るは」
私はだまっていました。怒りを感じていました。
かささぎ座のときと同じでした。私の私的感覚は「あなた(妻)とAちゃんは権力争いをしているだけでしょ、降りるのは大人のあなたでしょ、降りないんだったら、もう関わらんといて」という、大変競合的なものでした。降りるのは妻と権力争いをしている自分でした。

もう時間もなかったので、Aちゃんを起こして、そのまま職場へ行きました。

夕方、帰宅途中、自分の私的感覚をなんとか、助け合うものへと考えていました。
「あなたと私の子なんだから、大丈夫、二人で力をあわせて、立派な大人になってもらおうよ」
「あなたとAちゃん仲良く楽しそうに一緒に寝たり風呂入ったりしているやん」
「僕だけじゃ、無理」
「あなたのおかげで、曲がりなりにもAちゃんは学校へ行ってきたわけやし、勉強もしてきたんやし」等々。
でも、まだ、無理があるみたいで頭が疲れてきて
「ああ、もう、この頭では限界かな。ここは一発Aちゃん頑張ってくれへんかな。」
と思って家に帰りました。

夜家に帰ると、妻は朝の会話のことはなかったかのように、穏やかでした。Aちゃんとの会話です。
私「今日は何時におきたん」
A「8時前かな」
私「ほんだら、おかあさんには『行ってらっしゃい』って言ってあげたんかな』
A「一緒に行った」
私「えっ、どこへ」
A「今日は学校いってん」
私「あ、そうなん、今日は行くことにしたんや」

なんか、僕の肩の荷が軽くなりました。妻にどう言おうとか、いろいろ考えていたことがなんか、さーと流れていきました。僕の危機をAちゃんが救ってくれました。

今日は火曜日です。朝、私が起こした後、妻がなにやら、Aちゃんの所にいって話していました。しばらくすると起きてきました。お互い「おはよう」といいました。

Aちゃんに『行ってらっしゃい』といわれて、妻と私は出勤しました。
妻「朝は鬱っぽいんよ、あの子、不登校の子は鬱が多いっていうし、きっとあの子鬱よ」
私「そうかもね、ほんじゃまたね」
妻「今日泊りやな、風邪ひかんようにね」
私「うん」
と言って出勤しました。いつもなら、「鬱なんかじゃないわ、なんであなたはそうやって、あの子を病気にしようとするねん」と怒りを感じていたのですが、今朝はあってもとても小さい怒りでした。

  これもAちゃんのおかげのような気がします。
小さい変化を重ねていこうと思います。
メンバーのみなさん、毎回毎回ありがとうございます。

後半にどういうことをしたかを少し紹介します。

8月のカウンセラー養成講座へ私が参加することにしたので、それでは、練習をしましょうとメンバーの方がいってくださり、初めて私がカウンセラー役をさせていただきました。

いつもは、クライエント役で、聞かれるがままにいろいろ答えていくと、いつも気づきかあるという、大変楽で、ありがたい役をさせていただいていたのですが、カウンセラー役はそうはいきません。クライエントさんから頂いた話をもとに、組み立てるのですが、先がよめず、何度も「わかりませーん、どうしたらいいでしょうか」と、他のメンバーさんに意見を求め、「そうか、なるほど」と納得して、またしばらく続けるという形でした。

いつも、いつもおもうのでのすが、この例会は私にとっては、とても大きな学びの場です。クライエント役にしろ、カウンセラー役にしろ、やっているときは、それなりに精一杯で、何がなんやらわからずやっているのですが、家路に向かうと、いろいろと学びがあります。

今回も、はじめてやらせていただいて、いかに、「どう道筋をつけるか」ということの大切さと、むずかしさを実感しました。カウンセリングなんて、しっかり学んだことがない私ですが、医者をやっているせいか、場数は踏んでいるので、「我流でなんとかなるさ」といった甘いところがあるのですが、それはそれで、使えそうなところはあるなと思いました。が、絶対的に足りないところもわかりました。それは、しっかりと理論を勉強するということです。なんとなく、雰囲気で乗り切っているところが多いので、そこをしっかりやらないとと思いました。

カウンセリング養成を受けようと思ったのも、メンバーさんの、何気ない「受けないの、今風が吹いているように思うんだけどな」という一言でした。これも大切な縁だとおもうので、しっかり勉強しようと思っています。

☆8月の例会

私にとっては大変学びの多いこの例会です。普段の私は結構自信満々で、私の考え方はコモンセンスでもあり、絶対正しいと思って生きているのですが、この例会に でると、「私って、結構おバカだな」と素直に思えるのです。そして、終わってからも、この報告を書くために、色々考えることがあって、私には2度も、3度も美味しい例会です。

今回はカウンセリング役をさせていただいたのですが、ダメだしばかりだったのですが、その中で、学んだことを2,3書かせていただきます。

1)私には極端に考える癖がある。
最近、野田先生の『語りなおしとしての心理療法』(アドレリアン2007年6月号)にこっていて、 その中にある、「単語の意味は、近接する他の単語との差異でもって、定義される」という文章があります。私はこの文章にびりびりときて、とても気に入っていました。クライエント役の方が、エピソードを語ってくれても、私は「この意味は、私にはまったくわからない」という気持ちで、聞いていてそのことを「真っ白な気持で聞いていました」と話したら、みなさんから、「それではだめで、その辺から、ゲッシングをはじめないと、例えば、、、」とのことでした。
私は日本語として、それなりに通じる程度のことも、わからないという立場にならないといけないんだと勘違いしていました。こういうことって今までの人生にもよくありました。この本で勉強しようと思って、一冊本を買って、1ページ目から、ノートもとって、勉強するのですが、このやり方で、一冊よめたことって、1,2冊しかないように思います。むしろ、何冊かの本の気になるところをぱらぱらと読んで、別にノートもとらずといったほうが、結構身についていました。結構私には、小さいことが気になって、そこで止まってしまう、とか、極端に考えすぎて、実際に合わないといったことが多いなと気が付きました。

2)カウンセリングは本では学べない
メンバーさんがあまりに上手にゲッシングをされて、話を進められるので、「そういうことって、どこかに書いてある?」と聞くと、「そういうことは(本には)書いてないのよ」との返事。つまり、本では学べないことが世の中にはたくさんあって、カウンセリングもその一つだということ。私は主に本で勉強して、それで、何とかなってきました。けど、泳ぎだとか、自転車にのるとか、ホームランを打つとか、それらは本ではなくって、実際に練習してできるようになりました。カウンセリングはどちらかというと、私の中では、泳ぎというよりは、勉強に近いもので、本で学べば何とかなると思っていました。それは無理だと思えてきました。だから、今ダメだしされても「ああ、そうか」と聞けるようになったのだと思います。自転車の練習していて、こけても、自分に腹立つだけですからね。ダメだしがでるということは、自転車で言えば、こけているということですから、たくさんこれからもこけて練習しようと思いました。

3)1も2も結局私のライフスタイルに関係しているんだと。メンバーの方がいってくださったのですが、「白石さんがこだわるところは、白石さんのライフスタイルがこだわらせているんだ」。たしかにそうだなと思いました。私の一言、一つの行動、すべて、何らかの目的をもってやっているんです。そう思うと、自分の他人を支配しようとしている言葉かけばかりが目に見えてしまうのですが、所詮、私の人生の目標も、文章で書かれているわけです。つまり空なわけです。空な文章の目標の意味するところに絶望しておちこむのもばからしいですし、そもそも、その文章がそれほどに支配的であっても、その通りに動くかどうかも私には選べるわけです。

たくさんの学びをメンバーのみなさんありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

☆9月の例会

 4人のこじんまりした会合でした。
 私がカウンセラー養成講座で学んだことを話している時に、メンバーのひとりが、「ちゃんとアドラー心理学の言葉で言いましょう」といわれて、言いなおすと、あれあれ、出てきません。そうなんです。私はすぐに、自分流にわかったつもりになって、適当な言葉で表現してしまうんです。いきなりぼろが出ました。
 養成講座の最後に野田先生が「どういうかとか台詞や、所作ではなく、姿勢なんです」という教えが私にはとても印象に残りました。「どういえばいいんだろう」とそればかり考えていた様に思います。それって、「どういえば、僕が心地よくないなと思っている今の状況を、心地よい状況にできるんだろう」ってことで、とっても競合的だってことが分かりました。
 色々学んだ後に、京都での総会のオークションにだすものを考えました。京都らしいおもしろいものが出るかもしれませんよ???。乞うご期待。皆さん京都での総会にいらしてください。

*報告を作成できていない月もあります。

2010年の例会

2011年の例会

2012年の例会